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アラフォー腰痛ランナーの走りっこら挑戦記

腰痛を抱えながら5キロ15分台、10キロ32分台を目指すランナーの挑戦日記

小学校時代のカリスマが逝ってしまったお話

 どうも、こんにちは。あぶらっこでぇ~す(^▽^)/

 な~んていつものように、のんきにあいさつしている

場合ではない。

 

 衝撃的なニュースが飛び込んできた。

 

 日本を代表するコメディアン志村けんさんが亡くなっ

た。今日が4月1日だとしても悪い冗談だ。

 

 新型コロナウイルスに感染し、症状が発生してからわ

ずか2週間足らずでの出来事だったという。

 

 感染者が日増しに増える一方で、いまだ僕の知りうる

周囲に感染者がいないことをいいことに、どこか他人事

であった新型コロナウイルスが一気に距離を縮め、次は

「あなたの番です」と言わんばかりの危機感が身近に潜

んでいることを、志村けんさんは身をもって教えてくれ

た気がする。

 

 そんな志村けんさんは、当時(1980年代)の小学生なら

知らない者はいないほど、圧倒的知名度を誇っていた。

 

 

 

 ここからは、いつもの昔話が始まります。

・・・・・・・

 

 

 当時小学生の同級生でY君という男の子がいた。

 Y君は、極度の運動音痴で勉強もまったくダメ、忘れ物

も多く、宿題にいたっては家にすら持ち帰らないツワモノ

で、いわゆる劣等生と呼ばれる存在だった。

 

 通常であれば、だれからも相手にされないスクールカー

スト最下層認定とされても何ら不思議ではない。

 

 

 

 

 

 

 しかし、彼は人気者だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「だっふんだ!」

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 これは、志村けん扮する「変なおじさん」が最後にこ

のセリフを発して変顔で締めくくるテレビ番組「だいじ

ょうぶだぁ」の名シーンである。

 

 

 Y君のだっふんだ顔は、右に出る者がいないほどのハイ

クオリティで、いつも彼はクラスメイトに囲まれていた。

 

 クラス内でケンカや言い争いになった時の気まずい空気

も、Y君の「だっふんだ!」で教室内が一気に明るくなった。

 

 何をやらせても、まるでダメ男のY君だったが、志村けん

の物真似がうまい、ただそれだけでクラスの人気者になれる。

 

 志村けんは、それぐらい影響力のあるカリスマ的存在だった。

 

 

 

・・・・・・・

 

 

 

 テレビを見ながら夕飯を食べていると、

 

 「だけど、一人、また一人と少なくなって…寂しくなるなぁ」

 

 いつも見ている某セレモニーホールのCMで語る加藤茶

この言葉が、この日だけは、めちゃくちゃ心にしみたあぶらっ

こであった。

 

 志村けんさん…ご逝去の報に接し、心からお悔やみ申し上げ

ます。

 

 

・・・・・・・

 

 そういえば、小学校時代にもう一人カリスマがいた。

 ゲーム名人こと高橋名人である。

 弾数無制限のシューティングゲーム全盛の時代において、

1秒間に16回発射ボタンを押す通称「16連打」でゲームっ子

の間で一躍時の人となった人物である。

 所属していたゲームソフト会社の不振により、パタッと見

かけなくなってしまった。

 

 逝ってしまったという話は聞こえてこない。

 どこかに行ってしまったようだが・・・。

 

 もう一人のカリスマとして、志村けんさんの分まで生きて欲しい。

 願わくば、e-Sportsを通じて、再び子供のカリスマとなるまでは。

 

 

 

 

前回のあぶらっ小話はコチラ↓ 

team-wolf.hatenablog.com